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ベストグループ見聞会御講話集「21世紀を幸せに生きる」

衣川晃弘大先生の見聞会講話集「21世紀を幸せに生きる」第11巻より

2019年(平成31年)3月30日 ベストグループ甲信越見聞会 ①

あなた方は顕在能力や潜在能力という言葉を聞いたことがありますか。顕在能力とは、今、表れている能力です。潜在能力とは、あなた方の中に秘められた能力です。顕在能力と潜在能力を氷山でたとえることができます。

氷山のうち海面から出ている部分は、全体の僅か二~五パーセント未満です。氷山の残りの九十五パーセント以上は、海の中に隠れているのです。

あなた方の今出ている二~五パーセント未満の部分は顕在能力や顕在意識と言われ、中に隠れている九十五パーセント以上の能力は潜在能力や潜在意識と言われます。

命の存在を信じる力を潜在能力と言うのです。命や見えない存在を信じる方は、この潜在能力が出てくるのです。百のうち五パーセント未満の能力(顕在能力)を出している方は、人間社会では一時的成功者と言われます。

では、人間社会ではどのような方を成功者と言うのかというと、お金持ちや社会的地位のある方を成功者と言うのではないですか。成功者は、プラス思考で肯定的な人です。

肯定的な人は、十人のうち、たった一人~二人です。「命や見えない存在について一緒に学びませんか?」と聞くと、「命や見えない存在はあると思います。あなた方は良いことをしていますね。頑張って下さい。私は仕事が忙しいし、この世のことは上手くいっていますので、結構です」と言うのです。

百のうちたった二パーセント未満の能力で生きている人は、人間社会で失敗者と言われます(鈍性(どんせい))。十人のうち八~九人は、ネガティブ、否定的な人です。自分や家族のことしか考えません。

鈍性な人は物事の捉え方がネガティブだから、命の話や見えない存在について話をすると、「信じられない」と否定するのです。命や見えない存在を否定する人には潜在能力が働かないのです。

この世の中には様々な教えがありますが、そのほとんどの教えは百のうち五パーセント未満の顕在能力を引き出す方法です。その教えとはこの人間社会で生きる方法で、道徳と言います。

たとえば、人間関係や礼儀作法も道徳の一つです。少し良い生き方をすれば仕事も良くなるでしょう。体に良いものを食べると体も健康になります。病気になったら、医者に看てもらって薬を飲んだら、良くなるでしょう。

しかし人間は愚かですから、少し良くなったら「良くなったから、もう結構です」と安心するのです。そして少し悪くなったら「悪くなった、どうしよう」と悩むのです。

この宇宙は二元の世界と言われ、良くなったり、悪くなったりの連続です。男と女、雄しべと雌しべ、善と悪、成功と失敗、喜びと悲しみ、喜怒哀楽は、全て表裏一体ではないですか。

体も病気になったり健康になったり、繰り返すではないですか。そして、だんだんと体も衰えてくるではないですか。この世のものにしか焦点を絞らない方は、心もどんどん汚れてくるではないですか。

仕事も良くなったり、悪くなったりするではないですか。この宇宙の中で生きる以上、幸と不幸、成功と失敗を経験するように創られているのです。ですから、社会的に成功した方でも、いずれは病気になったり、事故で死ぬかも知れないのです。

そして皆、最後は必ず亡くなるのです。では、真の成功者とはどのような方でしょうか。善悪、損得を通り越した心、二元を通り越した心が白い心(浄性(じょうせい))なのです。

白い心の方だけが見えない存在を信じることができるのです。大偉業を成し遂げて真の成功者と言われる方をよく見ると、神仏や命の存在を信じているのです。

松下幸之助は見えない存在に手を合わせておられました。そして宇宙を創られた存在を信じておられたので、大成功されたのです。真の成功者は命や目に見えない存在を信じているので、目に見えない能力、潜在能力が出てくるのです。

あなた方は今日まで、百のうちたった二~五パーセント未満の力だけで生きてきたのです。少し良くなったら安心して、何も変わっていないのです。なぜなら、人間の中に眠っている命の能力について学んでいないからです。

命の御(お)力(ちから)は想像を絶する力です。命について説明できる方は、ほとんどいないのです。私はインドで日数にして二千日以上滞在して、命について勉強してきているのです。それも真の指導者からご指導頂いているのです。

今、失敗者が多いということは、この世の中で苦しいことが多いということです。「幸せ」と感じるのは、この世のものを手に入れた時が幸せなのです。では、この世のものを得られたら、本当に幸せになるのでしょうか。

「お金が大事。お金さえあれば幸せになれる」と言う方がおられますが、人生とはお金の大小で決まるのではないと思います。確かに、生きていくためには、お金はないよりもあった方が良いのです。

しかし、「お金持ちになりたい」と思うならば、お金が手に入る人間になれば良いではないですか。私はお金持ちにならせて下さったから言えるのです。

「お金持ちになりなさい」と親が子供に言うのではなく、人間性や命の大切さをどうして教えないのでしょうか。私はお金持ちにならせて頂きましたが、お金のために仕事をしたのではないのです。

私はサラリーマンを四年しか経験していませんが、たった四年目で、支店長の次に多い給料を頂いていました。ひょっとしたら出世コースを歩んでいたかも知れません。私とあなた方では、物事に対する意欲が違うのだと思います。

大学を卒業して、面接で「君はこの会社に入って何をしたいか?」と聞かれ、「この会社の社長になりたいです」と答えたのです。今、このように言う若者がいるでしょうか。これが、我々の青年時代のサラリーマンの意気込みだったのです。

給料をもらうことがサラリーマンの目的ではなかったのです。「勤めたらどうやって会社の役に立つことができるか」ということが、我々のサラリーマンの生き甲斐であり、やり甲斐だったのです。だから、会社に勤めたら「出世したい」と思うのは当たり前だったのです。

私の入社式の時の写真がありますが、当時の青年の顔つきは今の青年とは違います。顔が引き締まっていると思います。私たちは命の大切さ、人との関わり方や人間性の大切さを徹底的に教えられました。

道徳や命の大切さを学んだ我々は、「社会に出たら会社の役に立ちたい」という気持ちを持って入社したのです。会社に勤めてからも、仕事に取り組む姿勢が違ったのです。

では、今の親は子供に何を教えているのですか。お金持ちになる前に人格の大切さを子供に教えたのですか。私たちの青年時代は「小さな会社でも良いから、その企業で役に立つ人間になりなさい」という教育を受けたのです。

大きくなったらお金持ちになることではなく、「社会の役に立つ人間になりなさい」というのが、昭和十九年生まれの私の幼少期の親の教えだったのです。今の親の教えとは考え方が全然違うと思います。

私のサラリーマン時代、もしも出世コースを歩ませて頂いたとしたら、信用を得たのです。朝六時に起きて、七時まで早朝マラソンをして、七時から八時は社員さんたちが出社する前に出社して、一人で全ての机を拭きました。

そして、毎日昼休みになると支店長の車を拭きました。「支店長が汚れた車に乗ってお客様の所へ行ったら、会社の信用がなくなる」と思ったからです。そして土曜日には、支店長の車内を綺麗にしました。

周りの社員は「ごますり男」と言いましたが、人から何を言われようとも、気になりませんでした。むしろ、支店長の車を綺麗にすることが会社の誇りだと感じました。その結果、社員で一番出世させて下さったのです。

会社に勤めながら、日曜日は自費で税理士学校に行って勉強をしました。私は努力家だったのです。その結果、信用を得て、たった二年半で一支店の経理の責任者に命じられ、金庫のお金と判子、手形、小切手をお預かりしました。

四年目には本社の経理の責任者に来ないかという話もあったそうです。普通ではあり得ないことです。これは信用を得たからです。

私が何をしても成功させて下さったのは、幼少期に親から命の大切さと人間性の大切さを教えられたからです。その結果、百のうち九十五パーセント以上の能力(潜在能力)を引き出して下さったのです。

幼少期の写真が残っていますが、貧乏人の顔をしていないと思います。命や道徳を教えられた我々は、心は錦だったのです。「三つ子の魂百まで」と言われるように、三歳までの母親の教えと小学校へ行くまでの父親の教えで、子供の人生が決まるのです。

つまり、小学校へ行くまでの両親の教えが子供の人生に大きな影響を与えるのです。私が二歳半の時に生みの母が私を置いて家を出て、それから育ての母が嫁いできました。その育ての母は私に命の存在や人の道を教えてくれました。

「命があるから生きているんやで。お金がなくても、命があったら生きられるんやで。命がなかったら生きられないんやで」、「お金ではない、人間性が大事やで。ボロを着てても心は錦。人間性をなくしたら終わりやで」と教えてくれました。

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